ふぁすとしんく
2005.09.29
ファストシンクという不思議な名前の自主企画イベントも、途中でスペルを変
えたりして、9月28日のQUEで通算10回目。それ以前から何度か企画してい
たり、KICOERU?というイベントも今年になって始めたりしたので、数えてみると
結構な数の夜をオーガナイズさせてもらっている。
自分で出演してはいるけど、きっと下北沢などで好きなバンドを集めてイベン
トを企画している女の子たちと僕も同じ気持ちなのだ。「こんな並びでいっぺ
んにライブを見てみたいなぁ」ということ、そしてその場にお客さんがたくさん
来てくれて、みんな満足してくれたらいい。じゃぁオシャレなフライヤー作ろ
う、Tシャツも作ろう、ミニコミも、なんて夢が広がると同時に、イベント運営
費という現実も抱えながら、1から作り上げていくわけだ。
思えば僕が初めて音楽のイベント企画に携わったのは、高校2年の文化祭の時
だ。軽音学部だった僕はその年のバンド演奏会場の仕切りを任されることに
なった。剣道や柔道の授業で使われる武道館で行われるので、まさにLIVE IN 武
道館。といっても200人も入ればぎゅうぎゅうの狭さ。
そのときはイカ天を始めとするバンドブームの火が続いていて、参加希望バン
ドも1年から3年までたくさんいたので、事前にオーディションをして20バ
ンドに絞った。もちろんほとんどがコピーバンド。僕も4つくらいドラムで掛け
持ちしていた。ジャンルはジャーマンメタルからポップスまで様々。
文化祭のたびにお世話になっているPAや舞台、照明設備の会社を先輩に教えて
もらい、通いながら打ち合わせを重ね、武道館のなかにステージを作り上げ
る。当日は、進行はおろか照明までも自分たちでやらなくちゃいけなくて、友達
のバンドのステージを色んな色に変わる照明をくるくるまわして照らしてたよ
うな気がする。徹夜続きでぼーっとしながら、出番を忘れたり。
今ではライブハウスのスタッフの方たちやうちのスタッフに本当に多大な協力
してもらって、気がつけばこんなにたくさんのバンドたちに出てもらったんだ
なぁと振り返ることができる。いや、それはまだ早いか。このペースであと30
年くらい続けてまたそこで振り返りたいところである。
追記ー15年前に僕が呼んでいた雑誌の切り抜きがこのまえ棚奥から現れた。
それは「ライブハウスには出るためには!」みたいなコーナーで、Club QUE店長
の二位さんがバンドを指南する役で出ていて、そのことでFastSynQue vol.7の打
ち上げでは盛り上がった。いやー、関わってる数は半端じゃない、恐れ入ります。






