ナイトハイク
2005.04.20
小学生の頃、地域ごとで参加するボーイスカウトのような団体に入っていて、そこで何度かキャンプに出かけたことがある。薪を炊いて飯盒炊飯でグループ ごとに自炊をしたり、川で魚を釣ったり。今でも緑に囲まれるとわくわくしてしまうような僕の、アウトドアの原体験はここにあるような気がしている。
そのサマーキャンプでの何日目かの夜、ナイトハイクが行われることになった。耳慣れないその言葉に、僕はうっすらと不信感を抱いていたのだが、おそらく夕食後にでも散歩がてらハイキングをして、夜の虫の生態などを観察したりするのかな、などと思っていた。ところが、その夜集められた僕らに、なんとも 衝撃的な命令が下されたのだった。「今からひとりずつ森のなかへ入っていけ。」
ひとりひとりに懐中電灯が配られ、暗闇の森の危険について軽い説明がなされたあと、追い打ちをかけるように今度は「この森にまつわる恐い話」が披露される。そこは長野県の山奥だったのだが、「武田信玄の兵士たちの幽霊が歩き回ってる」だの「飛行機事故の残骸が今も残っている」だの、いい年した大の大人たちがケタケタ笑いながら、罪の無い子供たちを震え上がらせているのである。
そして僕らは放たれた。ひとりひとり、暗闇のなかへと。足もとには細い1本のけもの道があるだけで、ほかに頼りになるものは何も無い。道の途中で懐中電灯を試しに消してみると、本物の闇とともに、本物の静寂が訪れる。都会ではけして姿を見せない、本当の夜の顔。次第に森の木のざわめく音が聞こえ、まるで耳に張り付いてくるくらいに響き出す。そのうちに微かな月明かりがあることに気づく。文明の力は消え失せて、原始の地球の香りに包まれながら、僕は 1匹の虫になったような気になってくる。自分が人間であることを忘れてしまう。
足もとの枝を踏む音で我にかえったとき、僕はなにも知らない森のなかに一人立たされていることに気がついた。ふいに暗闇から戦国兵士の幽霊たちがカタカタと固い鎧を鳴らしながら近づいてきた。あの話が幻覚となって、瞼の裏に現れたのかもしれない。情けない話をすると、僕はこのとき恐怖に耐えられなくなって、全速力で山道を駆け上がり、何百メートルか先を歩いていたほかの子に追いついてしまったのである。いやぁあれはほんと、限界だった。
後半の下り坂は、例の大人たちが白い布を纏って飛び出してきたり(大人げない)、割れたちょうちんをぶら下げたり(ベタだなぁ)するところをくぐりぬけながら、しまいには僕らも10人くらいになってふざけ合いながら帰ってきた。やがて誰もが、それぞれのバンガローのベッドにもぐって、光溢れる安全な 夢を探したのである。
というわけで、今度の僕のミニアルバム「NIGHT HIKE」のタイトルナンバーはこんな体験から始まっいたのである。例えば大人になっていく段階っていうのは、誰かの照らすサーチライトが少しずつ消えていって、自力で暗闇を渡っていかなければいけないということだとしたら、それもひとつのナイトハイクだと思う。もう一度あの山道の麓に立たされたら、 今度こそひとりで登りきらなくちゃいけないな。






