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5分間の家出

2003.02.23

 小さな頃、僕は5分間だけ家出をしたことがある。
 それが何歳の時だったか、はっきりとは思い出せないのだが、たぶん小学校の低学年くらいのときだと思う。もっと小さかったかな。その頃の僕の家族は市営団地の4階に住んでいた。
 あの日は雨が降っていた。たしか夕食が終わった後の時間帯だった。僕は何かしでかして、父親にこっぴどく怒られた。そして「お前なんかどっかに行ってしまえ」と言われて玄関の外に出された。こんな風に家の外で立たされることは何回かあったのかもしれない。しかしその時だけは、団地の4階のドアの前で螺旋階段の踊り場を見つめながら「ほんとにどっかに行ってやる」と思った。そして僕は突然、階段を駆け降りはじめたのである。
 階段を降り切って外に出ると、雨がザーザー降るなか、今度は団地の出口に向けて走り出した。このまま路地に出て夜のランデブーである。まだ10年も生きてないのに、僕は人生に嫌気がさしたのである。そのときの全身はなんとパジャマ姿だった。しかも裸足。それでも僕は走り始めた。あてもない場所へと。
 裸足で踏みつける水たまりの泥水が跳ねて僕のパジャマズボンの裾を汚していった。すれ違う夜の猫の目が赤く光った。月は雨雲の向こうで僕の後を追おうとしていたに違いない。
 しかし、すぐに敢え無く捕まってしまった。警察に?近所の人に?いや、父親に捕まったのである。団地の入り口で。言い換えれば国境間際、もしくは大使館前にて。亡命は失敗した。そこで父親は僕にこう言った。「バカ、ほんとに出ていくやつがあるか」
 それにしてもいつの時点で気が付いたのだろうか。おそらくあの時、泣き声がしなかったり玄関を叩いたりして抵抗する様子がなくて、ドアを開けたら「いない!」ってことになったんだろうな。今でもはっきり覚えてる、とっ捕まったときのことを。抵抗していたが実は内心ほっとしていた。涙がどっと溢れた。それから父親の服を両腕で抱き締めながら家へと戻った。父もパジャマ姿だった。

 この1件はその後の僕の半生を表している。こうやってすぐに喚き散らして出ていっては翌日とかに戻ってくるところは今も変わってないなぁ。遠くへ行くぞ!と気合いを入れたわりにはあまり遠くへいかない感じ。もしも遠くへ行っても短期間で戻ってくるというか。本当に何もかも捨てて放浪できる人に憧れる。たいてい年に一度は「旅立ってしまおう」と腹をくくるのだが、未だに旅行鞄を買っていない。